今日は、西成市民館でのフェルデンクライスと瞑想会でした。
わたし(小手川)は風邪をひいてしまって、途中から参加。
いちおう、フェルデンクライスのグループレッスンはするつもりでいったのですが、「そんな体調の人は働かなくてよろしい」といっていただいて 結局レッスンはせず
瞑想の感想を聞くところだけ参加しました。
今日の瞑想は ハミングをする ナーダブラーマ瞑想でした
このまえから、「死と瞑想」についての読書会をしたい、と瞑想講師の祐三子さんと話していたのですが
結局、会の後にみんなとそのことをテーマに少しづつ話をしたらいいのでは ということになり 今日は初めてその話をしてみました。
「死ぬのって こわいですか?」
と 祐三子さんから突然の問いかけがあり
そんなことをいきなり問いかけられるなんて 祐三子さんはやっぱりすごいな と思った
今回 この会には初めて来てくださった70代半ばの男性は
「自分が死ぬことを思ったらやっぱり不安な気持ちになります」
と答えられました。
釜ヶ崎に住んで この瞑想会を始めるきっかけともなった70代の男性Yさんは
「もう何年か前から いつか人間は死ぬのだからと 死を恐れる気持ちはなくなりました。 釈迦が涅槃に入るときには 弟子たちに わたしはお前たちの心の中に生きているのだから わたしがいなくなっても教えを実践しなさい といって死んでいったと聞きました」
というお話を教えてくれました。
釜ヶ崎は今 ものすごい勢いで高齢化しています。
西成市民館のある萩之茶屋地区では 高齢化率は43%を超え
男性の割合が9割以上 15歳以下の人口は5% と特殊な人口構成であり どんどん人口が減っています
その多くの方が身寄り無く亡くなっていき 死後も引き取り手がおらず
生活保護を受けている人は葬祭扶助 というお葬式のためのお金が出るので 血縁者ではなく 近しい人たちで お葬式を上げることがあり
わたしもつい先日、知り合いのお葬式に参列しました
毎年 知り合いの中から孤独死する方があって
知り合いたちで お見送りをしています
「死」は いつもわたしたちの身近なところにあり 孤独に死んでいくことを受け入れている たくさんの老人が この地域には住んでいます
瞑想の時間に 自分に向き合うことと 人は誰でも死ぬときは一人であり 生とは本質的に孤独を抱え込むものだということを
体感することには 関連があるのだと思っています
これからも少しづつ 瞑想の後に死について考える時間をもちたいと考えていますが
一緒に瞑想会をやっている 参加者から たくさんのことを教わるのだと思っています
死の師匠みたいなものですね
次回の フェルデンクライスと瞑想会は 6月10日(水)13時から、地下鉄動物園前駅そばの喫茶earth2階の和室で行います。